夜勤明けにおもふ

 前の前の日曜日の話ですよ。みたらし団子をバイト先で300本焼きましたよ。トイレに行くのも食べるのも忘れてみたらし団子を焼いていました。10時間近くひたすら焼いていたのですが、苦しくもなんともないんですね。途中から時間の感覚が無くなってきて、変な話みたらし団子を焼くという行為が快感に変わってくるんですね。僕は単純作業ができる人なんだなと思いました。
 手先は相当不器用なんですが、みたらし団子は上手く焼けると自負しております。味にも少し自信を持っています。そんな僕や野田先生の働いている団子屋(本当は焼き芋屋)は日本一変わった音楽が流れる団子屋さんです。
 まあしかし帰りの野田先生の車で流れていたJAGATARAのDVDにぶっ飛ばされました。彼らは不気味で妖艶なダンスを踊り、江戸アケミは予言者めいた歌を歌っていました。彼は生き急いでしまったのでしょうか。それとも矢吹ジョーみたく真っ白に燃え尽きてしまったのでしょうか。人にはいろいろな人生があると思いますが、彼のように太く短く生きる人生って自分がそうなれない分憧れがあります。そういう行き方をしていないとああいう曲は作れないんじゃないかと思います。
 
 音楽、バンドをやっている人っていうのは星の数ほどいると思うのですが、本当に言葉だけで何かを伝えられる人、表現出来る人ってどれほどいるんでしょうか。音楽は詞や文学と違って言葉はうたとして表現されるものだから、言葉だけでどうこういうものではないと思いますが、みんな何かを伝えたいんでしょうかね。それとも解ってもらいたいんでしょうか。ほんの数年前まではツイッターmixiなんかは無かったわけで、それが当たり前になってからの言葉の感覚って少し変わったのではないかなとかって思います。僕自身ツイッターをやらないので解らないのですが、「つぶやく」という行為の根本には一体何があるのでしょうか。このような環境において人の本音っていうのは、口から発せられるものではなくパソコンや携帯の画面上にあるんだろうなと思います。百年後なんかの世界においてこの変化はどういう意味を持つのか楽しみです。そんな中にあって「うた」はどういう意味を持って行くのでしょうかね。だからちゃんと「うた」をうたえる人ってすごいなと思うし、是非がんばってもらいたいと思う、歌詞も歌も作れなくて困っている僕でした。
 あ、野田先生が少し前に自分のもの作りに対する迷いがふっきれたかも!っていっていました。(このブログによく登場する野田先生の本業は陶芸家さんです)何かを表現するには自分なりの信念というか意思というかを持っていないとつまらないですね。その意図がみえるかみえないかってかなり大事だと僕は思います。逆かもしれないですけど。表現とはそれを探す作業なのかも。個展楽しみにしてますよ。

 まだまだ終わりませんよ。むしろここからおみまいしてやりますよ。読んでくれている人。

 Velvet UNDERGROUNDのバナナと4枚目の『LOADEAD』を聴きました。1枚目は高校生の時以来の再購入。これは時代が生んだ1枚ですね。時代の空気感がひりひりと伝わってきます。すごいバンドっていうのは時代の空気感を捉えますね。それができる人っていうのは選ばれし者ですね。『LOADEAD』の方はというと聴いてみての印象がほとんどない。(笑)何というかふつうですね。いや素晴らしいアルバムですよ。ヴェルヴェッツ全部良いアルバムだと思いますよ。良い曲多いもの。
 
 ところで日本のサイケデリックシーンのあの閉鎖的な感じって何なのでしょうかね。坂本慎太郎さんがいっていたのですが、60年代Doorsなんかのサイケデリックバンドっていわれている人達ってメジャーである程度売れていたわけであって。でも日本のそのシーンにおいてそういう状況はほとんどない。というのはファンがいけないと思うんです。一部のファンがある特定の人物、バンドを持ち上げすぎだと思います。まるで神様みたいな扱いをされている人っていませんか?だからそれ以上には広がっていきにくくなってしまう。そこの関係者以外はなかなかそのシーンに入るきっかけというのがなくなってしまいます。そこののりみたいなものを受け入れられなかったらダメみたいな。
 村八分なんか音はストーンズのコピーであって、特に新しいことをしているとかすごい音を出しているかというとそんなことはない。音楽じゃなくて彼らの人間性や生き方みたいなものが伝説になちゃっているわけであって。そういう日本の風潮が好きじゃないです。僕は。だから日本のアンダーグラウンドな音楽/先鋭的な音を出している音楽がチャートに入る事とかってほぼ無いじゃないですか。アメリカやイギリスのチャートの上位には新しい音を出している曲がしっかり入りますよね。僕は思うのですが、日本のヒットチャートって世界で一番格好悪いんじゃないかと思います。ことしのCD売り上げのTOP10はAKBと嵐でほぼ独占みたいです。これって異常事態だと思うんですけどね。AKBの売り方なんかかなり問題あると思うし。皆さんはこの辺の事どう思っていますか?
 
 まだまだ続きます。

 あとPEATROCK&C.L.SMOOTHの1枚目がデラックス・エディションで出直したので買い直したのと、commonの『resurrection』もデラックス・エディションが出ていたので聴いてみました。
 どちらもミドル・スクールの大名盤。内容は間違い無し。クールでおしゃれです。聴いていて疲れない。音が押し付けがましくない。これってすごく大切な事。
 前にも書きましたがヒップホップって本当に自由な音楽ですね。良いと思ったものは何でも取り入れる。他人と同じだろうがおかまいなし。大事なのは自分のセンスでの消化・昇華。こういう所を見習わないと。
 先の話とも繋がりますが、音楽を聴く事って特定のものに固執しちゃうと面白くないと思うのですが。レコード屋さんなんかにいくと特定のジャンルの棚しか見ない人って結構みかけるんですね。それっておそらく音楽が好きなんじゃないんだとお思います。音楽が好きなんじゃなくてビートルズが好きみたいな。解りますかね?音楽って色々なものがあるわけであって、それぞれに聴き所ってあると思うんです。自分で面白がれる所をみつけようっていう姿勢は割と大事だと思うのですが。じゃないと寂しいじゃないですか。
 ジャズなんかずいぶんと高尚なものになっているきらいがあるのですが、マイルスだってハービーだっていちいち時代の音に反応していったわけじゃないですか。そういう姿勢を学ぶべきであって、特定の時代の特定の音に特化してありがたがって聴くなんていうのは日本人の悪い癖だと思います。(日本人だけなのかは解りませんが)何なのでしょうか、日本人って浸りやすいんですかね。これを理解出来る自分。これを知っている自分みたいな何かがあるのでしょうか?そんなのはつまらないと思いませんか?かくいう自分も数年前ブルース崇拝者でした。

 とかなんとか考えたりしたのですがこれにやられました。
 Gil Scott-Heron『FROM SOUTH AFRICA TO SOUTH CAROLAINA 』
 もうこういうのには完全にやられてしまいますね。聴くとああこれだなって思うアルバムの一つになりました。もうごちゃごちゃとした考えなんかどうでもよくなります。これが音楽なんだ、うたなんだと。
フロム・サウス・アフリカ・トゥ・サウス・キャロライナ